選挙について思うこと。落選した立候補者のその後。

f:id:onetco1016:20160630000357j:image

いつも国政選挙が行われるときに思うことがある。それは立候補者、現職議員が選挙で落選するとそのあと、どのように生活しているのかということだ。どうせ、どこかの会社の役員かなにかだろうと考えるのは簡単だが、そうすると一般人(サラリーマン)などは、立候補するのに相当の覚悟が必要ということになる。

経済的に余裕のある人は確かに優秀な人も多く、代表として国を動かす人材としては適切だという意見も一理ある。しかし、地方の選挙戦をみると本当に限られた人しか立候補できない選挙でいいのかと感じられずにはいられない。

なぜなら、地方の選挙戦は立候補者も少なく、選挙における選択肢は非常に狭い。この状況は有権者からするとあまりおもわしいものではないと思う。選択肢の狭さが投票率の低さにもつながっていると思うし、消去法で候補者を選んでしまう原因でもあるだろう。

近年、税金や社会保険などの負担が増えてきている。私たち有権者は所得から差し引かれる負担の比率が高くなればなるほど真剣に候補者を選んでいく必要がある。だからこそ多様な選択肢のある選挙であってほしい。

落選する候補者を全面的に擁護することはできないが、落選後の生活を知ること、想像することだけでも変わることもあると思う。

少しネットで調べたところ、支持者の企業での雇用や党職員として働くことなどが一般的のようだ。現職から落選する議員は次の選挙まで、秘書も雇用し続けるだろうから、更に出費はかさむ。

選挙に立候補したら、失業保険も適用外だろうし、社会復帰はかなり難しそうだ。そう考えると年金暮らしの60代以上の議員が目立つのも納得いく。 

とはいえ、落選議員に対するセーフティネットをしくのはどうかと思う。なので、サラリーマンのまま立候補できるような社会体制を作ることが一番ではないかと思う。これを出馬休暇ととりあえず名付けておく。









広告を非表示にする